
☆しあわせセラピー☆
【「私はいいから、あなたが幸せになって」は、じつは「小我」なんだよね】
自分を指す、「我」という言葉があります。
そしてそれは、大きく「小我」と「大我」に分けられます。
小我は、「自分だけの小さな世界しか見ない、視野の狭い意識」のこと。
自己肯定感が低く、周りの評価に左右されやすいのが小我の特徴です。
それに対し、大我は「鳥の目で、広く全体を見渡すような意識」を意味します。
大我の人は自己肯定感が高く、自分の幸せはもちろんだけど、人の幸せも考えて行動できます。
「私はいいから、あなたが幸せになって」
というのは、一見、大我の持ち主のように見えるかもしれません。
でも、これは典型的な小我です。
幸せというのは、誰かの犠牲の上に成り立つものではありません。
自分がガマンすればいいというのは美談に思うけど、全然違うの。
自分も幸せ、人も幸せ。
それがたったひとつの真実であり、正解です。
親は不幸でも子どもが幸せならいいとか、そんな正解はありません。
親が不幸なら、子どももやっぱり不幸になります。
この世は、強く意識したことが現実になるし、近くにいる人のエネルギーが周りにも影響する。
そんな、絶対的な「波動の法則」があるからね。
やさしすぎる人って、「この世界にはひとつのまんじゅうしかなくて、それを分け合うようなものだと思っている人」だと思うんです。
ひとつしかないから、自分がガマンすればいいやって思っちゃうの。
それが、自分だけの小さな世界しか見てない、視野の狭い小我なんだよね。
神は、「まんじゅうはひとつしかありません」なんて言ってないんだよ。
まんじゅうは本当にひとつしかないんだろうかっていう、ギモンの目を持たなきゃダメなの。
人はみんな、神の大事な子どもです。
神は、みんなの幸せを願っています。
だから、まんじゅうは無限に出してくれるし、誰でも、好きなだけ食べていい。
もっと言うと、いろんな味のまんじゅうがあって、たくさん食べられるだけじゃなく、味まで好きなものを選べるんだよね。
富も幸せも、本当は海の水ほどあるのに、やさしすぎる人は、目の前の小さな水たまりを見て「これしかない」と思い込んじゃってるの。
井の中の蛙になって、「自分はいいから、みんなを優先して」なんて言ってる。
なんとも滑稽な話なのです。
こういうことがわかるのが、大我です。
視野の狭い小我で生きるのは、自分で自分の首を絞めるようなもの。
それよりも、もっともっと広い目で世の中を見てごらん。
目に見えない世界まで見るぐらいの、「神の目」で生きるんだよね。
小我の「こうでなきゃいけない」という勘違いが取れたら、この世の中って本当に生きやすいことがわかります。
ここは、誰かがガマンしなきゃいけないような世界じゃない。
あなたも、ガマンなんてしなくていいのです。
自由に好きなことをして、幸せにならないといけないよ。
斎藤一人 著
『やさしいままで強くなる』より
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