
☆しあわせセラピー☆
【振り子の軸足を愛に移した人は強い】
愛と恐れは、同時に存在できません。
時々、「幸せ過ぎて怖い」みたいな、愛と恐れが同居しているような表現をする人がいるんだけど、厳密に言うと、それは心が揺れているだけなんだよね。
たとえば、最近あなたに彼女(彼氏)ができて、すごくうれしいんです。心が愛で満たされている。
ところが、幸せに浸っているときにふと、過去のフラれた経験が思い出された。
その瞬間、また同じ轍を踏むんじゃないかと不安になる。
恐れが出てきたんだよ。
こういうときに、「幸せだけど、それを失うのが怖い」と言うのですが、実際には、
心が愛と恐れを高速で行ったりきたりしているだけです。
愛を感じているときは、心にあるのは愛だけです。
恐れが出てきたときは、愛が消えて恐れだけになっちゃってるの。
感覚としては、愛と恐怖が入り混じっているように思うけど、実際は常にそのどちらかしかないわけです。
ひとりさんの言う「愛を思い出す」とは、心の振り子を、できるだけ恐怖の方に振れないようにさせる。そんな意味も含みます。
愛の方に軸足を移し、一秒でも長く振り子を愛に留めておく。
外的な要因で心が揺さぶられ、恐れの方に振れてしまうことがあっても、軸足が愛にあれば、また自然と心の振り子は愛に戻ります。
これができると、つらいことがあってもラクに立ち直れるわけです。
生きていれば、いろんなことがあります。
友達と仲たがいしたり、モンスターみたいな同僚が出てきたり、ミスをして人に迷惑をかけたり。
病気、失恋、お金のトラブル・・・・・・
嫌なこと、たくさん出てくるよね。
心の振り子が恐れに傾きやすいと、そういうときに負けちゃうの。
問題が起きたときに慌てて愛を出そうとしても、ふだん出してないものは急には出せません。
愛で解決できないんだよね。
愛は、ふだんの小さな心がけがキモです。
なんでもないときに、少しずつ、一歩ずつ軸足を愛の方に寄せているからこそ、いざというときに強くいられるわけです。
愛に軸足を移す作業って、自分を褒めるとか、好きなことをするとか、本当に簡単なことばかりです。
どれも地道な取り組みだから、やってるときの日々の変化は、自分では実感できないぐらいささやかなものだと思います。
でもね、困ったことが出てきたらハッキリわかる。
以前の自分だったら真っ青になるようなことでも、不思議と冷静でいられる。
大きな悲しみに襲われたときに、心に小さな「大丈夫」がポッと出てきて、それが支えになってくれる。
軸足が愛になっていると、絶望に沈み込むことはないし、たとえ「万事休す」と思うことがあっても、予想外のどんでん返しがあったりしてピンチを切り抜けられるのです。
人のせいで大きな被害を受けると、当然、やった相手を恨むと思います。怒りや憎しみに震えるよね。
それは仕方がないことなのですが、いつまでもゆるせない気持ちを持ち続けると、 自分が苦しむことになります。
自分を大切にするって、相手をゆるしちゃいけないように思うかもしれないけど、 逆なの。
自分を幸せにしたかったら、相手のこともゆるすしかない。
いっても、それは相手のしたことや悪意を水に流すという意味ではありません。
相手の罪を裁くのは、神様におまかせすればいいんだよね。
神様はぜんぶ見ているから、その人が負うべき代償や学びをちゃんと与えてくれます。
自分の恨みは、神様が晴らしてくれる。
そう思って、悔しいながらもゆるせない気持ちを手放そうとすれば、やがて、起きたことのなかに自分の学びも見えてきます。
それでも、どうしてもゆるせなかったら、そういう自分をゆるしてください。
相手をゆるせない自分をゆるす。
そうすると、少しずつ心がゆるんでくるの。
そのときにやっと愛を思い出し、再び自分らしく生きられる道に進めるんだよね。
こういうことも、軸足を愛に移しているとスムーズにできる。
本当に生きやすくなるんだ。
斎藤一人 著
『愛』より
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